学園都市は続くよどこまでも

 昨日は、ただの金曜日であるにも関わらず…。



 高校日本代表と筑波大学のゲーム(かと思っていたら、アタック&ディフェンスだったらしい。とてもそうは見えなかったが…)を見てから移動、茗渓の練習を見学するというラグビー三昧な一日を過ごした私。対応していただいた茗渓の皆様ありがとうございました(本当に感謝です)。
 選手のみなさん(特に中学生のみなさん。目の前にいたからね…)、「なんだろ、あの謎の人…」と思っていたでしょうが、それは私です(ごめんなさい 笑)。

 
 茗渓の選手たちは、抜き合いをする時本当に楽しそうだ。彼らが行うと、「ぶつかり合い」にはならず、やはりナチュラルに「抜き合い」。横に対する感覚は磨かれていそうだ。
 茗渓の選手が自然にそうなるわけは、多分グラウンドのもう半分にある。グラウンドを半分ずつ分け合って練習している中学生たちのアタック&ディフェンスは、とにかく楽しそうで、抜ける、抜く、ということを純粋に楽しんでいるように見える。
 そういうところから、自分たちはどんなラグビーをしたいかというイメージは生まれてくる。そして、共通理解があれば、戦い方は明確になる。「こうしたい」ということが分かっており、そのように試合を組み立てることが出来るチームの戦いは、見ている側としても印象に残る。茗渓に限らず、スタイルがあるというのは縛られすぎなければいいものだ。


 翻って、昼間の高校ジャパンのことを考える。残念ながら、チームとして「こうしたい」のだろうな、という形は、私には見えてこなかった。目に付くのは「あの選手であれば…」と納得するしかない、優れた一部の選手たちの個人的なプレーや気持ちだけで、チーム全体から立ち上がってくるような迫力はない。
 フランスでの試合が行われる前からこのようなことを書くのは本当は気がひけるのだが、去年も直前合宿を見に行き「これではとても遠征に間に合わない」と愕然とした記憶が頭を過ぎり、どうして何も進歩しないのかという疑問が改めて浮かんでくると、敢て書かずにはいられない。選手たちが頑張ってくれることを願う気持ちは本当に強いのだが、それ以上に、見ている間に感じていた虚しさに耐えられない。システムの問題もあるにしても、選手たち自身がもっと気持ちを前に出していてもいいはずだ、という思いもある。自分をどう出していいか分からない選手も多いのではないかという気もする。
 見守りたかったけれども、見守っている場合ではない。

 
 やはり、一ヶ月前にセレクション合宿が行われるようでは、チーム作りが間に合わないのは、自明のことではないだろうか。
 それにも関わらず、そのようなスケジュールで運営されているということは、高校日本代表を組み、遠征するということの意味が、きちんと考えられていないということなのではないだろうか。
 こんなことを私なんかが書くのもどうかとは思うが、高校ラグビーを愛するものとして昨年、今年と寂しい思いが続き、書かずにはいられなかった。
 

 大人の(笑)日本代表に関しても、何も進歩せず、きちんとしたマネージメントもされず、一体何年失われているのかという状態のに対して、様々な方々が何を言っても今まで無駄であったのだから、日本協会が、高校日本代表についてきちんと考えていない(さすがに高体連の当事者は別だろうが)のは当然だろう。しかし、W杯を本当に日本で行うのであれば、そろそろ「日本人がラグビーをする」ということに正面から向き合って、「こういう日本代表を作り、こういうスタイルを目指す」くらいのことは言ってほしいものである。
 そこからしか「したがって、高校日本代表はこのように強化し、このようなスタイルでこういう結果を目指す」ということは見えてこないはずだと思うのだが…。
 問題点と向き合える人がいるくらいなら、昨年のU20の総括がなされないまま放置されることもなかったはずであるし(私は今からでも行ってほしいと思っている)、観客が何を言っても無駄なのだろうなとは思う。思うけれど、「いろいろな人間に役割があるのがラグビー」だということを、日本人なりの形で見せてくれたらいいな、という夢を見る権利ぐらいは奪われたくないので、書いておく。
 
 昨日からずっとこのことを考えていたら、勝手に問題が掘り下がって(笑)しまったので、一旦この辺で。

 ちなみに、たとえば、「日本代表には外国人は何人でもいい。全員でもいい。日本でプレーしている中から優れた選手を選ぶだけ」ということであっても、「日本代表とはこのようなもの」ということを明確にしてくれるのであれば、「日本代表って何?」というところから議論を起こさなくていいので、かなりすっきりするのではないかと思う。それを受け入れるかどうかだけの問題になるから。私には「それは私にとっての日本代表ではない」ということですっきりと無視出来るし(爆)。今、既にそういう感覚で無視しているけどね。ファン同士で議論なくていいし、議論するのを聞かなくて済むからいいと思われる。
 

 
 <おまけ>

 おそらく、忽然と建設された「学園都市」には一般的にあまり好感がもたれていなかったようで、私が幼少の頃、あるいは思春期を迎える段階になっても、「筑波大学は自殺率が高い」とか(これは自治医大も言われていた噂なので、田舎にあり偏差値が高い大学にはつきものなのかもしれない…)、「他にすることがないから」部活が強いとか、学生結婚が多いとか…そんなことをまことしやかに聞かされていた。こうしてみると殆ど都市伝説のようなものだが、当時は現地に行ったこともないのに「そうなのかー」と納得してしまう自分もいたのだから、人間とは情けない生き物である(以上のようなことを読むだけで不快に思われた方がいたらお許しいただきたい)。

 しかし、どんなに不自然な始まりであっても、30年以上も経ち人が当たり前のように住むようになれば、落ち着いた雰囲気になるもので、大人になった現在、私が実際にそういう違和感を感じることはない。
 
 
 それでも、何度通っても違和感を禁じえないのは、交差点名である。「南大通り東」って…。よく考えれば分かるけど、よく考えないと分からない(笑)。しかも「北大通り」の位置がおかしい。更に「大通り」が多すぎる(笑)。真っ直ぐ走っているだけのはずなのに、筑波大学の広さとも相俟って(爆)、逃れられない迷路に入り込んだ気分になる…無事に茗渓には辿り着けたが(近くに県立高校や普通の中学校などもあって、これがまた惑わせられる 笑)。
 恐るべし学園都市。やっぱり人体の自然な感覚を考えずに作られた空間の放つ魔力が、先に述べたような都市伝説(じゃないって!)を産んだのかもしれない。
 でもまた行こう(今年は筑波ラグビーを見るのも復活する予定であるし)。おいしい食べ物やさんとかないのかなー。 
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by kefurug | 2010-03-13 13:36 | 高校ラグビー

とりあえず、非常に個人的な思いを書き綴ります。


by kefurug