また河川敷にて

 試合を見つめながら、ラグビーを嫌いにならないでほしいと願った。ラグビーをしたことを後悔してほしくない。


 
 得点を数えることにあまり意味がないような、一方的な試合だった。

 何度トライされても試合は終わらない。キックオフの度に一番先頭に立つ、負けている側の3番の子の顔を眺めながら、今彼はどんな気持ちなのか考えてしまう。
 体が大きく、申し訳ない言いぐさながら運動が得意そうには見えない。優しげな顔立ちを見るにつけ、「ラグビーにはどんな人間にも役割がある」という言葉が浮かぶ。そんな風に顧問の先生や友達、先輩に誘われたのだろうか。それとも、ラグビーをしてから頑張って体を大きくしたのか。

 
 きっかけは何であったにせよ、彼は辞めずにラグビーを続け今日を迎えた。しかし、目の前にあるのは残酷な事実ーシード校が相手というわけでもないのに、一方的に積み上げられる相手トライの山。それでも試合を放棄することは出来ない。
 問題は、点差そのものよりも、どれだけ「あっさり」とトライを奪われてしまうかということだ。タックルに行こうとして手が出ない、行っても倒しきれない、速さで振り切られる…。ずっと自分たちの無力さを実感させられ続けるだけなのなら、それは試合ではなく最早苦行なのではないか。
 こんな試合をするために自分たちはラグビーをしてきたのだろうか。そもそもこんな試合に意味なんてあるのだろうか。私が選手であれば、そんな思いが頭を堂々巡りし、ますます動きを鈍くしてしまいそうだ。

 
 FLがキックオフをマイボールにしようとする。低くタックルに入ることさえ出来れば相手は倒れる。瞬時、一つ一つのプレーが輝きをはなつことはあるのだが、それが点り続ける灯りとなることはない。結局相手の圧力に飲み込まれ、押し流されて気付けばまた自分たちのインゴールで立ち尽くす。
 「大丈夫だ、大丈夫!元気出していこう!」
 声は最後までとんだが、試合の流れは一度も変わらないまま、とても長い60分が終わった。



 選手たちが戻ってくる。
 一番端に並んだキャプテンは、口を開こうとしたが涙がこみ上げて声が出ない。一旦息を整えてからもう一度押し出すように言う。「応援ありがとうございました。」
 彼だけではない。私が試合中どことなく気になっていた3番も、数少ない機会にはボールを持って奮闘した8番も、BKの核だった10番も、悔しさをかみしめて泣いている。

 そして
 マネージャーがキャプテンに抱きつき泣いていた。キャプテンもそれにこたえる。その後も、彼女は選手一人一人を抱きしめて、涙の中で言葉を交わす。
 小雨が降りしきっているが誰もそんなことには構わない。3年生の涙を受け、試合が終わってからとまどいに似た表情を浮かべていたような下級生たちも、次第に目に涙が浮かんでくる。


 正直、もう少し乾いた表情を見せるかと思っていたのだ。これだけやられたのだから、「仕方がなかったんだ」という諦めの気持ちも強いのではないかと。まったく違っていた。大敗して尚これだけ涙を流すことが出来るだけの思いが彼らにあるという事実に、「ラグビーをしたことを後悔してほしくない」などと一観客が思ったことがいかに失礼であったか、思い知らされた。
 
 

 強豪校に入ったわけでもなく、大部分はラグビーをするつもりはなかっただろうと思われる選手たちにとって、ラグビーは一体どんな魅力があったのだろう。
 その答えを私は知らない。ただ、次の試合が始まってからもしばらく彼らから目を離すことが出来なかった。 
 ラグビーは多分、私が思っているよりも素敵なんだ。
[PR]
by kefurug | 2012-10-30 00:47 | 高校ラグビー

とりあえず、非常に個人的な思いを書き綴ります。


by kefurug