柏陽高校 2007・4・22

  見事に戦っていた。タックル、ジャッカル、ラインとパスで抜こうとするアタック。全てが「このチームが強い相手に勝利しようとするにはこれしかない」という松山さんの意志の元に選手たちが身につけ、磨き上げてきたもの。これが松山さんが作りたかったチームであり、それについてきた選手たちが到達したところなんだ、と、彼らの一年間を思うだけで胸が熱くなった。

 相手の東海大相模は体の大きさや、ボールを持ったときのスピードが根本的に違う。ラックを作ろうとしても、相手FWのものすごい勢いのラッシュでボールをキープできない。相手バックスがゴールラインに迫っても決して諦めずにタックル、またタックルで必死の防御をするが、それでもその間に相手フォローが来てしまう。アタックでも、一つ一つ素晴らしいプレーが随所に飛び出す(センターのノールックパスや、パスのタイミングなどが絶品。伝統工芸の香りを感じる)のだが、それでもゴールラインに迫れない。まるで壁に押し包まれているかのようだ。スコアは0-78。ただの大敗だ。普通に見れば。

 自分の方が明らかに劣っている部分が多い場合、それでもどう勝つか、ということにはかなりの戦略とそれに沿ったプレーを選手が体に刻み付ける必要がある。その上で相手の弱点を突くことが出来るような、自分たちの強みを生かせるような、そんなプレーが出来れば勝利が自分たちのもとに、訪れてくれる可能性は高くなる。そういう経験を若いうちにすることが出来れば、人間は残りの人生をどれだけ豊かに強く生きていけるだろうか。
 そのような志を見たいと勝手な期待をして、いつも高校生の試合に足を運ぶ。しかし、準決勝ぐらいで、このチームが対抗馬かな、と目星をつけているチームに、がっかりしてしまうことが多い。 決勝で当たる2チームがそれぞれの試合で同じ戦い方をしている。ならば決勝は単純に力の勝っている方が勝ってしまいはしまいか。
 だからいつも不完全燃焼だなあと感じていた。選手たちが体力・気力としての全力を出したとしても、それはチームとして、言い換えればその「ラグビーのクラブ」としての全力は出し切れていない。大人の叡智が加わっていないからだ。それは、チームに決定的な信念が欠けている可能性も意味する。それでは、本当のところで、出し切れない。そういう敗戦を見ると、選手たちの頑張りに心を打たれはしても、出し切ってないなあ、出し切ったらどういう試合になるんだろう、という心残りが消えなかった。

 柏陽高校は、明らかに今出来ることは出し切っていた。出し切っても、それでも単純に届かない。それは残酷な事実だ。
 でも、本当に打ち砕かれたからこそ進むことの出来る明日がある。
 大抵の普通の敗戦にはエクスキューズが存在する。元々戦力が違うよ、練習量が違うよ、練習環境が違うよ、うちはちゃんとしたコーチがいないし…。仕方ないと諦めてしまえるから、敗戦から学ばないで済んでしまい、悔しさも薄めることが出来る。そこから何も変わらない。
 この日、柏陽は怪我人と体調不良で実質は11人での戦いだったと後で知る。だが試合中、チームはエクスキューズの存在を一切感じさせなかった。完全に、負けた。おそらく、本当に戦った者だけが、本当に負けることが出来るのだろう。

  
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by kefurug | 2007-04-23 22:17 | 高校ラグビー

とりあえず、非常に個人的な思いを書き綴ります。


by kefurug