三年越しの恋人

 タックル、またタックル。
 大型FWたちがボールをつなぎ続けるが、タックルでどんどん戻されていく。
 敵陣22m付近まで攻め込んでいた大阪が、自陣22m手前まで、ディフェンスされ続けて後退りするしかなかったのである。
 ’04埼玉国体、少年の部準決勝、対長崎戦のことである。

 感動と衝撃だった。
 やはりラグビーは体の大きさではない。単なるスピードでもない。
 前で刺さる。単純なそのたった一つの動作を、皆が出来るかどうか。オールスターチームだった大阪に果敢に立ち向かう長崎は見事に実践してみせた。大阪はその勢いに押され、攻撃が尻すぼみになる。そこに乗じた長崎はトライを重ね17-7と大阪を撃破。大阪と地元埼玉の激突だろうと思われていた決勝へと、駒を進める(ちなみにこの全県代表には一年生の竹本竜太郎もウイングとして参加している)。

 これ以来、私にとって「小さいもののディフェンス」はこれぐらいタックル出来るのが当然、というイメージが生まれてしまった。各地の地区予選で、花園の一、二回戦で、そして大学生やトップリーグの試合であっても、タックルが決まらないチームを見ると、「長崎は出来るんだから…」と心の中でつい呟いてしまう。

 国体の後、しばらく長崎チームを生で見る機会がなかった。’06春の選抜、長崎北出場。胸ときめかせて熊谷へ向かうも、何かが違う。「これはあれじゃない…」
 もちろん長崎北は魅力的なチームで、応援できたことは大満足だったが、ディフェンスだけは私が夢見ていたもの(既に夢想の域に…)とは違っていた。

 ’07春の選抜、長崎北陽台出場。二回戦で久我山と対戦する彼らの姿を見て、思った。「これだ…」。
 圧倒的に接点の強さが違う相手に、一歩も臆さない。相手がラックサイドを抜けようとボールを持った瞬間に刺さる。パスを回そうとしても、ボールを受けた瞬間にもう北陽台の選手がまん前にいる。右にも左にも動けない。ゲインラインが後退する。本当の「接近プレー」におけるディフェンスとはこのようなものではないのだろうか。北陽台の選手たちの、素晴らしい集中力、勇気。そして、これだけのタックルを可能にする日々の鍛錬。仲間への信頼。

 アタックでも、SOでキャプテン、村上の裏に落とすキックや自らの突破、あるいは浅いパスに選手が走りこむなどの見事な攻撃で久我山ゴールラインを目指す。前半を10-19で折り返すと、後半3分にトライ(コンバージョン成功)を追加17-19と追い上げる。
 ここから、お互いの必死の攻防が続く。スコアは負けているが、北陽台の選手たちの気持ちは揺るがない。勝つことを信じて攻撃しているのが伝わってくる。
 しかし、久我山も、必死に攻め、守る。スコアが動かないまま迎えた後半25分、長崎15番、大きくゲインしチャンスを作るも、久我山T.O.。一気に加速する久我山14番を、上がりきっていたラインでは止めきれず、北陽台は遂にトライを許す(コンバージョン成功)。最終的にもう1トライ追加され、17-33での敗北。

 実際には、スコア以上に選手たちは戦えていた試合だと感じた。これだけタックル出来る、そういう信頼関係を選手との間に築いている現松尾監督、前任者の浦監督。生徒がそういう風に出来るために大人は何を手助けできるのか。大人として信頼してもらうにはどうすればいいのか。北陽台の子達のタックルの見事さに、自分の人との関わり方が問われてしまう。そう感じさせられるほどに。


 三年前の秋、あの日、熊谷Bのバックスタンドに座っていると、カツカツ、ザッザッとスパイクの音が、した。 
 背筋がぞっとした。その歓びは恐怖に似ていた。心に収まりきらないほどの歓びが訪れ、自分の心が壊れてしまうかもしれないと、どうしてなのか理解していたからだ。
[PR]
by kefurug | 2007-05-08 00:29 | 高校ラグビー

とりあえず、非常に個人的な思いを書き綴ります。


by kefurug