蹉跌(The season of the wings 3)

 背番号25は崩れ落ちて泣いていた。



 他の選手も、誰も人目を憚らない。笛が鳴った瞬間、フィールドに立っていたチームの全ての者が泣き始め、整列もすぐには出来なかったほどだ。
 
 挨拶後、相手を讃え合う。手を軽く触れ合い、すぐにトイメンのところへ行こうとする川越のキャプテンを少し引き留め、「頑張って」と呟きもう一度彼の腕を叩いた。
 そしてキャプテンとしての最後の仕事、応援団への挨拶へと向かう。必死に自分をつなぎとめているのが分かる。
 しかし、深々と下げた頭をゆっくりと上げると、彼はそのまま膝をつきただただ泣いた。みんな泣いていた。

 '07・11・3、花園予選埼玉県大会準々決勝。
 第一試合、正智深谷が松山を60-7で退ける。その数字の内に敗者のどんなに必死な戦いが隠れていたとしても、順当な結果。
 第二試合、熊谷工業ー慶應志木。一番アプセットが期待された試合だったが、拍子抜けするほどすんなりと熊谷工業が勝利を収める。24-3。

 そして第三試合、浦和ー川越。
 これまで、春からずっと川越を見てきたが、DFは気持ちが入っているものの、得点力はないという印象。9月の末に行われた三回戦、対大井戦でもその印象は覆らなかった。ひたむきないいチーム、そして、それ以上でも以下でもない。
 しかし、 この日の川越は勝負に出る。DFでとにかく前に。浦和はプレッシャーで全く普段のプレーが出来ない。
 
 実は、浦和もこの日勝負をかけていた。SOがいつもと違う。ずっとレギュラーだった宅間が、リザーブにも入っていない。怪我なのか、それとも戦術なのか、一切のところは分からないが、とにかくいつもの浦和ではなかった。普段の浦和はパスはそれほど長く放らない。CTBに回して縦勝負、ラックを連取してゴールへボールを運ぶ。戦法に特筆すべき鋭さがあるラグビーではないが、運動量と気持ちで強豪校に伍してきた。しかし、この日はSOのパスが長い。SOに引き付けてそうすることで、CTBにスペースを与え、自由に動かす作戦だったのだろうが、ものの見事にこのギャップを川越DFに狙われてしまう。
 
 3分、川越はSHが浦和10から12へのパスをインターセプト。そのまま走りきりトライ。12のゴールも決まり7-0。
 7分 川越はラックのターンオーバーから、ボールを回し12が切れ込む。15につなぎトライ。12のゴールも決まり14-0。

 時間はまだ早い。浦和は攻勢に出る。しかし、とにかくDFのプレッシャーが早く、モールが押し切れない。ラックからうまく出せない。FWのエース、NO8渋谷に託しても、いつもほどゲイン出来ない。
 ただ、川越はボールを持つ機会は少ない。やはりDFのチームなのだ。だからこそ、浦和はこのくらいの点差ならいつでもひっくり返せる。しかし、浦和は思うとおりに動けない状態が続く。互いに必死、消耗しているのは浦和のようでもあり、川越のようでもある。このままの点差であれば、後半浦和に流れは自然に行くように思えた。
 そこで、川越に大きなトライが生まれる。浦和15のノックオンから、川越はキック。これを浦和14が痛恨の処理ミス。追っていた川越11が拾い、そのままトライ。ゴールは失敗するも、大切な5点。19-0として前半を折り返す。
 
 浦和キャプテン、三木。WTB。地味だがキャプテンとしての存在感は大きい。この日はリザーブ25番でのスタート。ハーフタイムでの円陣の際、監督が彼に何か告げる。彼の顔が変わる。後半、11番に変わって出場。流れを変えることが出来るか。

 慣れないプレッシャーに焦るSOを助けようとしてか、この日浦和SHの馬場は一人芝居が多い。うまく噛み合わないリズム。川越は、キックを蹴って敵陣に居さえすればよいのだからゲームメイクはぐっと楽である。いいように蹴られ、なす術がないかに見える浦和。

 しかし、16分、待望のトライが生まれる。相手ゴール前での川越のペナルティから9が自分で行き、そのままトライ。ゴールも自ら蹴り、成功。7-19とする。
 時間はまだある。波に乗りたい浦和だが、川越の闘志は衰えない。DFで前に出続ける戦いは変わらず、オフサイドぎりぎりの早い出足に苦しめられる。ボールをつなげない。
 それでもやはり疲れが見えるのか、密集での反則が出始め、川越がペナルティの上、不行跡。このタッチからボールをキープ、ラックを連取して遂に浦和、9が二つ目のトライをあげる。ゴールも決まり、14-19。トライとコンバージョンで逆転できるところまで来た。
 
 時計は28分を回っている。

 ここから浦和はボールをキープして攻め続ける。勝つにはそうするしかない。ロスタイムは1分、攻める浦和、守る川越。つなぎ続けるボールだが、最後の最後、浦和のパスがスローフォワードの判定を受ける。
 試合終了。

 ずっと必死で走っていた三木。味方がつないでくれたボールをインゴールに運ぶことは出来なかった。タックルも、キック処理も、ラックでのオーバーも献身的にこなした。それでも、試合を変えるWTBになる瞬間は訪れないまま。走りきれなかった。
 

 終わる前からもう涙ぐんでいたのかもしれない。崩れ落ちる浦和フィフティーン。力を出し切れないまま散ることほど、悔しいことはない。痛恨、などという言葉ではきっと彼らの気持ちは表せない。しかし、相手の力を封じ込めたまま自分たちの戦いに持ち込んだ勝者が見事だった。戦術を気持ちで裏打ちすることが出来れば、下馬評などひっくり返すことも可能なのだ。やるべきことを明確に絞った川越の戦いに、惜しみない賞賛を送りたい。

 
 試合に出られなくてもずっと、三木はチームを引っ張ってきた。ピッチの横でも、そしてもちろん、試合に出れば、翼として大外から誰よりも声をかけて。
 去年の花園予選、準々決勝で慶應志木と引き分けて抽選で準決勝に進出したチームは、その舞台で、優勝校正智深谷相手に0-10という素晴らしい勝負を演じる。その思いを引き継いで一年、まだ舞台から降りるには少し早過ぎる終幕。キャプテンとしての思いはいかばかりか。
 
 でも、チームを勝たせるのがキャプテンであり、トライを取りきるのがWTBであるとするなら、この日彼は両方出来なかった。彼の気持ちはスコアには残らない。僅かなペナルティが数のうちの一つとして記されるだけ。そして彼の高校でのラグビー生活は終わる。
 きっとたくさんあった至福の時と、キャプテンとしての孤独と苦悩と、何よりも重い痛みと悔いを彼に残して。

 彼にとっては不本意な時期だったかもしれないが、ピッチサイドで選手を励まし続ける彼の姿は忘れられない。
 キャプテンはいつも戦っていた。
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by kefurug | 2007-12-20 18:27 | 高校ラグビー

とりあえず、非常に個人的な思いを書き綴ります。


by kefurug